4 弘法井戸コース

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~弘法ゆかりの井戸をめぐり成田山不動尊へ~

距離:約4km / 所要時間:約1.5時間

◆ コースの解説 ◆

・京阪寝屋川市駅東口(誘導サインあり)スタート

→駅東側のアドバンスねやがわ1号館横の道を進み、1つ目の交差点(京都銀行前)を左折する

→100m程進むと、右側に八坂神社参道入口がある

八坂神社(八坂町)

八坂神社の
八坂神社の大楠前にある鉢かづき像

    八坂神社の創建を伝える資料は確認されていませんが、明治時代以前、牛頭(ごず)天王社や祇園社などと呼ばれていました。境内には市の保存樹であるクスノキが15本あります。最も大きなもので高さ15m・幹回りは4.83mを測り、樹齢約650年と推定されています。

 

→神社社殿裏側の出口(誘導サインあり)を出て、左に直進する

→「八坂町西」の交差点手前を右折する

→「八坂町」交差点を渡る(誘導サインあり)

→直進し、警察住宅手前の角を右折し、駐車場沿いを進み、報國橋を渡る

→幸町公園に到着

幸町公園(幸町13-11)

幸町公園を北から見た写真

    平成21年4月にオープンした親水公園です。警官住宅の建替および整備工事に伴って、幸町の寝屋川右岸に建設されました。人工のわんどやみんなの広場、緑の広場が設けられ、サクラ・イチョウ・モミジが植樹されています。 

 

→公立大学工業高等専門学校を左手に見ながら、寝屋川右岸(北岸)の道を進む

→「安全橋北詰」交差点を渡り、さらに直進する

→下観音橋横を通過したら、次の角を左折する(誘導サインあり)

→つきあたりを右折し、鉄塔横の坂道を上り、次の角を左折する

→住宅地の中の坂道を上り、2つ目の角を左方向に行くと、伝・秦河勝の墓(誘導サインあり)がある

→出て左の坂道を上り、つきあたりを左折し、その先にある階段を降りる

→つきあたりを左折し、坂を少しおりて最初の角を右折して、二手に分かれた道の右側へ進む

→しばらく進むと、左側に春日神社のスダジイの社叢が見えてくる(右側は堂池治水運動公園)

→境内へ降り、さらに鳥居下の階段を降りて右折し、道なりに進む

→150m程進むと、右側に国松の弘法井戸がある

伝・秦河勝の墓(川勝町2)

秦河勝の墓と伝わる場所に立つ五輪塔と灯篭
五輪塔の前にたつ鉢かづき像

    寝屋川右岸の秦山と呼ばれた丘陵上に所在し、現在、巨大な五輪塔が建てられています。五輪塔の地輪(ちりん/最下段の石)の4面には、秦河勝の事跡や五輪塔を建てた経緯が刻まれています。それによると、現在の五輪塔は慶安2年(1649)に再建されたものであることがわかります。秦河勝は渡来系氏族である秦氏の出身で、聖徳太子の補佐として6~7世紀に活躍したと伝えられています。平成9年に市指定史跡となりました。

春日神社(スダジイの社叢) (国松町20)

春日神社裏山に群生するスダジイ
スダジイの幹をアップにした写真

    国松に所在する春日神社には、社殿の周囲にスダジイの大樹が群生していました。そのうち神社東側の堂池の池端にあるものは、幹を池側に大きく張り出しており、立派な樹形です。人里の近くにスダジイの巨木が群生することは珍しく、昭和56年(1981)に府指定天然記念物に指定されました。

国松の弘法井戸(国松町11)

覆屋の中に国松の弘法井戸が見える写真
国松の弘法井戸横にたつ鉢かづき像

    国松地区の丘陵裾に、覆屋が設けられ「弘法井戸」と札のかかった井戸があります。江戸時代に出版された『河内名所図会』に、この地域の3か所の名水(井戸)が紹介されていますが、「二ツ井は国松村にあり」と記されており、二ツ井がこの井戸であったと考えられています。

 

→道に沿って直進し、最初の角を左折する(誘導サインあり)

→道に沿って直進し、国道170号線の「国松北口」交差点を渡る

→川沿いに北へ進み、「成田山境橋口」交差点で左折し、堤防から下へ降りる階段があるので降りる

→田井の弘法井戸に到着

田井の弘法井戸(緑町40)

田井の弘法井戸

    南前川の堤防の下に、立派な覆い屋が設けられた井戸があります。この井戸は、旅の僧侶が杖を突き立てたところから湧き出した水が起源と伝えられています。この僧侶が「弘法大師(空海)」に違いないと信じて、この井戸が「弘法井戸」と呼ばれるようになったそうです。

 

→「成田山境橋口」交差点へ戻り、交差点を渡って南前川を右側に見ながら、川沿いを進む

→南前川沿いに200m程進むと、右側に成田公園がある

成田公園(境橋町22)

成田公園入口に立つ「成田公園」と書かれた石碑と桜の木
成田公園内の小さい小川

    南前川の水源となる、成田の三ツ池の自然を残して整備された公園です。三ツ池には、冬になるとカモなどの水鳥が飛来します。北側には人工のせせらぎが造られて、水遊びができます。また、南側には健康遊具などが設置され子どもからお年寄りまで、市民のみなさんに親しまれている公園です。

 

→成田公園に沿って坂道を上り、マンション手前を右折し、成田西公園の横を進む(誘導サインあり)

→住宅街を進み、つきあたりの小さい階段を上る

→階段を上ったらすぐ左折し、右側に見えてくる階段を上る

→成田山不動尊へ到着

成田山不動尊(成田西町10)

成田山不動尊の山門
成田山不動尊の本殿

    千葉県成田山新勝寺の大阪別院として、昭和9年(1934)に建立された真言宗智山派の寺院です。不動明王(不動尊)を本尊として商都大阪の鬼門にあたる位置に建てられました。交通安全をはじめ、開運厄除・繁盛隆昌などの祈願道場として、多くの人々が参詣します。境内には、関西お笑い芸人の供養に建てられた笑魂塚などがあります。2月の節分に開催される豆まきは、毎年芸能人等が参加して賑やかに行われます。平成21年に制定した新寝屋川八景にも選ばれています。

 

→成田山不動尊境内を通り、北山門から出て、階段を下りて左折する

→成田西町第1ちびっこ老人憩いの広場前を右折する

→道なりに進み、坂道が見えてきたら左方向へ進み、さらに坂道を登ると左側に旧聖母女学院校舎(現香里ヌヴェール学院)がある

→旧聖母女学院校舎(現香里ヌヴェール学院)前を右折し、少し進むと左側に友呂岐神社(誘導サインあり)の鳥居がある

→神社参拝後、境内から石階段を降り、出て右の坂道を上がっていく

→しばらく直進すると、左側に湯屋が谷さくら公園がある

→公園内の階段を下りて左折する

→湯屋が谷の弘法井戸(誘導サインあり)に到着

聖母女学院校舎(美井町18)

旧聖母女学院校舎

    聖母女学院は大正12年(1923)に大阪市内に開校し、昭和7年(1932)にこの地に移転しました。校門を入って正面の玄関から廊下で結ばれる「E」字形の鉄筋コンクリート造の校舎は、移転時に建設されたものです。設計は「日本の現代建築の父」と呼ばれる著名な建築家のアントニン・レーモンド(1988~1976)によるもので、現存する数少ない彼の作品の一つとして、平成9年に国登録有形文化財(建造物)となりました。
    ※見学については要問合せ

友呂岐神社(お弓行事) (香里本通町19)

友呂岐神社本殿
お弓式

お弓行事

    友呂岐神社は、もと八幡神社と呼ばれ、郡地区の氏神でした。しかし、明治時代に三井の氏神社、太間の菅原神社、田井の二本松神社など旧友呂岐村の神社が合祀され、その時に神社名が現在のように変更されました。旧三井村の正月行事の「お弓行事」は、旧三井氏神社地に隣接する美井自治会館前の広場で、その年に二十歳を迎える男子2人が合計12本の矢を的に向って射るもので、その結果によって天候や豊凶を占います。旧三井村の氏神社が友呂岐神社に合祀されたため、現在は友呂岐神社でお祓い等の神事を行っています。平成19年に市指定無形民俗文化財に指定されました。

湯屋が谷の弘法井戸 (郡元町12)

湯屋が谷の弘法井戸

    香里園駅東側の丘陵崖面下にある共同井戸で、地元では「やがたんの井戸」とも呼ばれています。かつては、飲料水や日用水として用いられ、井戸の前の石敷は共同洗い場として使われていたそうで、ここで井戸端会議を行う様子が思い起されます。

 

 

→道なりに住宅地内の坂道を下りながら、最初の角を右折し、つきあたりを左折する

→そのまま道なりに進み、道路(八尾枚方線)に出たら右折する

→京阪香里園駅に到着

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更新日:2025年03月11日