令和8年5月号 卓球選手から指導者へ "普通の高校"を全国大会常連に 和歌山県立粉河高校女子卓球部監督 谷口 陽一さん
粉河高校で指導する谷口さん
卓球のトップリーグでプレーし、社会人のダブルスで優勝。体育教師に転身すると、無名だった公立高校の女子卓球部を団体で11回連続で全国大会に導いた卓球人生の原点は"ふるさと寝屋川"でした。
部活で面白さに目覚め
市民体育館で恩師と出会う
市立池田小学校の時は野球一色。しかし、市立第二中学校に野球部がなく、友だちと入った卓球部でラリーの面白さに目覚めました。部員は1年生だけで20人。「部活だけでは物足りず、市民体育館で卓球好きのおじさんたちと練習をしていました」。
ここで出会ったのが近畿大学卓球部のOBで、のちに監督も務めた恩師の折戸栄さんです。週2回、基礎からみっちり教えてもらい、「今があるのは折戸さんのおかげです」。
「指導者に恵まれました」
わずか3年で日本代表に
スタイルは「先輩に勝つためにたどり着いた」という攻撃型の前陣速攻。関西の強い選手が集まる大阪市内の卓球センターにも通い、元世界チャンピオンの元で腕を磨きました。
大阪桐蔭高校3年生のときにアジアジュニア選手権に出場。府大会の2回戦が最高成績だった中学生からわずか3年で日本代表に選ばれ、「周りは小学生から始める選手が多く、みんな驚いていましたが、良い指導者に恵まれました」。
実業団で休部も経験
ダブルスで初タイトルを手に
教師を目指して筑波大学に進みましたが、卒業後は実業団の和歌山銀行に入り、国内トップの日本リーグ1部でプレー。移籍した日産自動車で全日本社会人選手権のダブルスを制し、初の個人タイトルを手にしました。
その間に卓球部の休部も経験。引退が頭をよぎりましたが、同僚に「まだやれる」と励まされ、監督も希望した移籍先と掛け合ってくれるなど「みんなが背中を押してくれました」。現役を退いたのは28歳の時。練習中にひざを痛め、8か月に及ぶリハビリの末の決断でした。
教師に転身し卓球部指導
12大会連続の全国大会目指す
第二の卓球人生を歩み出したのは33歳の時でした。平成27年の和歌山国体に向けた教員採用の特別枠に合格。高校時代から憧れた体育教師として和歌山県立粉河高校に着任し、卓球部の指導を任されました。
当時はなかなか勝てずに苦戦。掲げた目標達成のため、午後5時に終わっていた練習時間を増やしました。強化選手として指導した中学生も入学し、勝てるチームへと変身。5年目に高校総体の学校対抗(団体)で男女そろって出場し、喜びもひとしおでした。現在も女子を指導。"普通の高校"を全国大会の舞台に立つ常連校に育てました。
◇
「勝つのは大変だけど、負けるのは簡単」。決して平たんではなかった自身の選手時代を振り返り、「生徒にはしんどいときに踏ん張れる力を身に付けてほしい」と言ってきました。粉河高校に赴任して16年。今年も部員10人で12大会連続の全国を目指します。
和歌山銀行時代のプレー
私とふるさと
私と3姉妹の4人きょうだい。両親の方針で小さい頃から運動と音楽の習い事をしていました。私は淀川河川敷でよく野球の練習や試合をしていましたが、音楽には全く興味がありませんでした。
姉と妹は地元のクラブでサッカーを続け、エレクトーンやピアノも。ドラムを習っていた妹はロックバンド「アンダーグラフ」でデビューするなど、家族でいつも共通の話題で盛り上がっていました。
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更新日:2026年04月24日