令和6年1月号 「未来の日本代表育てたい」ドイツでのサッカークラブ運営 山下 喬さん

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山下さん

FCバサラマインツ会長 山下喬さん

FCバサラマインツ会長 山下 喬さん

「必ずプロになる」。その思いはかないませんでしたが、18歳で渡ったドイツでサッカー選手から指導者に転じ「FCバサラマインツ」を設立。プロを志してやって来る日本人選手を受け入れ、自身が成し遂げられなかった夢をともに追いかけています。

高校1年生で欧州遠征 18歳で単身ドイツへ

指導者だった父親の影響で物心ついたときにはボールを蹴っていました。強豪校の兵庫・滝川第二高校では守備のセンターバックでプレー。3年生で念願の全国高校サッカー選手権大会出場を果たしましたが、途中交代でオウンゴールを記録し「不甲斐ない結果でした」。

それでも「基礎を学んだ3年間」と振り返り、関心は海外サッカーに。

監督や、1年生のときに参加した欧州遠征の関係者に相談し、契約したのはドイツの田舎町で活動するアマチュアクラブでした。

プロ諦め指導者へ 後輩との再会が転機に

2シーズン目に優勝すると、プロの1部リーグに所属する「マインツ05」の下部組織に移籍。トップチームの練習にも参加し、「ブンデスリーガの選手とプレーしただけで何かを達成できたと勘違いしてしまいました」。

ドイツにやって来た頃の「がむしゃらなプレー」は影を潜め、1年足らずで戦力外に。23歳で現役を退きますが、6年後、転機となる出会いが待っていました。「マインツ05」の育成部門でコーチをしていた2013年、高校の後輩で日本代表の岡崎慎司選手(現ベルギー・シントトロイデン)が移籍してきたのです。

「光り輝いて」の願い込め岡崎選手とクラブ設立

「喬くん、ドイツでクラブを作ることに興味ありませんか」。翌年の春、同じ幼稚園に通う子どもを送った帰りのカフェで、岡崎選手にたずねられました。

引退後に日本人選手のサッカー留学を支援する仕事に携わっていましたが、この一言に「クラブという形でサポートすれば、選手はより確実に成長できると思いました」。

「バサラ」とはダイヤモンドの意味。「光り輝いてほしい」との願いを名前に込めてドイツ西部のマインツでクラブを立ち上げ、監督も兼任。岡崎選手もアドバイザーとして支え、11部からスタートしたクラブはアマチュアリーグ最上位となる6部まで昇格しました。

8部リーグで優勝し、ユニホームを振って選手たちと喜ぶ山下さん(中央)

プロへの挑戦サポート ライバルのクラブも注目

一番に掲げるのは選手の育成とプロへの挑戦をサポートすることです。現在、総勢60人のうち17人の日本人選手が所属し、1年目の選手には「自分がどのレベルにいるかを理解し、プロに這い上がるためにはドイツ語の習得も必須」とアドバイス。自身は常に辞書を持ち歩き、「私が理解していないと分かると、いつもチームメイトが単語を教えてくれました」といいます。

設立から今年で丸10年。過去5年間に上部リーグの4部と5部に18人を送り出すなど育成型クラブとしてライバルも注目しており、「未来の日本代表を発掘して育てたい」と夢を膨らませています。

私とふるさと

市立東小学校、第一中学校を卒業。小さい頃から田んぼや公園、神社などで日が暮れるまで遊んでいましたが、私にとっての一大イベントは寝屋川まつりでした。

思い出の場所はサッカーの楽しさを再確認できた一中です。微力ですが、たくさんのいい思い出がある寝屋川市に何か恩返しができないかと、当時の仲間たちと話をしています。

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更新日:2023年12月22日