平成31年1月号 「テディベアをモチーフに描きつづける」市出身の画家 イノウエカンナさん
作品名「回想」
額縁の中でちょこんと座り、まん丸の目でこちらを見つめるクマのぬいぐるみのテディベア―。イノウエカンナさん(41歳)は、萱島駅近くのアトリエでその愛くるしい姿を描き続けています。生死をさまよった交通事故が転機となり、「誰かがテディベアを抱いたときに笑顔になるように、私の絵もそうあってほしい」と願っています。
「生きていたのが奇跡」バイク事故が人生の転機に
事故は26歳のとき、125ccのバイクで洋楽のライブコンサート会場に向かう途中で起きました。転倒して投げ出され、のちに「生きているのが奇跡だった」と聞かされたそうです。
意識を取り戻したのは数日後、救急病院のベッドの上でした。目が覚め、見えた景色は窓にかかった真っ白なカーテンと、「一人では寂しいだろう」と母親がベッドのそばに置いてくれていた大きさが40センチメートルほどの黒いクマのぬいぐるみでした。
3度の手術を受けた病院生活は、再入院も含めて1年6か月にもなり、左手が不自由になる後遺症が残りました。リハビリのほかにすることもなく、体力が回復してくると、いつしか鉛筆でぬいぐるみをスケッチしていました。
ただのぬいぐるみ「今は生活に必要な存在に」
絵は事故の前から描いていたそうです。南寝屋川高校(現緑風冠高校)を卒業すると、19歳でインドへ。キリスト教の寺院の壁に描かれた宗教画に心を奪われ、帰国すると、図書館で画集を借り、見よう見まねで勉強したといいます。
「患者さんたちがスケッチを見て喜んだり、涙を流したりしてくれました。それまで興味がなかった、ただのクマのぬいぐるみも、その頃には僕の生活に欠かせない存在になっていました」。この事故と入院生活がイノウエさんにとって新たな人生の原点となったのです。
創作の拠点は、実家の近くにあるアトリエです。油絵やアクリル絵が中心で、ときには日本画の顔料を使った作品も描きます。アパートの3部屋を利用した広い工房をのぞくと、口元に笑みを浮かべた愛くるしいテディベアが迎えてくれました。
「最初の頃は口元がへの字で笑った絵を描けませんでした。そのときは気持ちに余裕がなかったのでしょうね。今はきゅっと口角が上がった笑顔のクマさんです」
事故から現在に至る心模様が作品に表れていますが、「イノウエカンナ」の名前にも自身の思いが込められています。
真新しい名前でサイン萱島のアトリエから発信
「一度死にかけた私ですから。真新しい名前で作品にサインをしたいと思い、苗字はシンプルで癖がない井上がいいかなと。名前は願いが叶うようにとの思いからカンナにしました」と、その由来を教えてくれました。
活動は、個展や展覧会の開催などで大阪や東京をはじめ海外にも及びます。多くの日本人アーティストが参加した上海の展覧会では、テディベアがモチーフという不思議な魅力と雰囲気のある作品が評判に。「皆さんの受けとめ方はいろいろですが、私の作品を見て喜びや癒しを感じる人がいる限り描き続けたいですね」と言います。
ユニークな存在で広がるイノウエワールド
日本テディベア協会(東京)によると、会員はクマのぬいぐるみを手作りする作家を中心に約千人います。
収集家などのファンとなると、とても把握できないそうですが、「イノウエさんのようなテディベアの画家は聞いたことはありません。ユニークな存在であり、もっともっと活躍してほしい」とエールを送ります。
自身も、これまでの枠にとどまらず、「美術館にテディベアがあっても楽しい。もっとアートの世界で頑張りたい」と意欲満々です。
最近は既成概念にとらわれないアウトサイダーアートにも関心を寄せており、「生まれ育った寝屋川で、一人一人が尊重される社会の実現を目指し、多くの障害者が参画できる活動が行えたらうれしい」と話し、イノウエワールドはさらに広がりをみせているようです。
テディベアとは
日本テディベア協会によると、伝統的なテディベアは良質で丈夫なもの、手足や首がジョイントで動くものです。しかし、今では一般的なクマのぬいぐるみを含めてテディベアと呼んでいます。
名前の由来は諸説ありますが、「テディ」は第26代米大統領のセオドア・ルーズベルトのニックネームからきています。1902年秋、狩猟に出かけた大統領は大けがをしたクマに遭遇しましたが、撃つことを拒んで助けました。この出来事が美談として新聞に紹介され、これを見たお菓子屋さんが作ったクマのぬいぐるみに「テディベア」と名付けたのが始まりとされています。
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更新日:2021年07月01日