菱(ひし)に乗ってきた竜神さま

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「若宮八幡宮」と文字の刻まれた石碑の後ろに松の木があり、奥に神社が見えている写真

田植えがすんで十日。
稲はすくすくと伸びはじめました。
「今年は豊年まちがいなし」村人の心ははずんでいました。
ところが、その翌日から天気があやしくなりました。
どんよりとした雲が南の方から立ちこめて、風は奇妙(きみょう)に生(なま)暖かくなりました。
「お天気が落ちたね」村人たちは畦(あぜ)に腰をおろして休みながら話し合いました。

その夜からものすごい大雨になりました。横なぐりの雨が戸をたたきつけています。
「これでは稲が浸(つ)かってしまう」村人は心配しはじめました。
次の日も雨は止みませんでした。そして、夕方には広い田んぼはすっかり水浸(みずびた)しになって、青々としていた稲田は水の中に沈んでしまいました。
ただ井路に生えている柳だけが並木のように続いています。
村の西も東も低い土地でした。
村はちょうど湖に浮かんだ小島のようにみえました。

いろんな物が流れてきます。それも、ゆっくりと流れてきます。
下流の水はけが悪いために、水が低い所に溜(と)まって湖のようになったのです。
三日目も烈(はげ)しく降り続きました。
風は止みましたが、棒のような雨は止みません。
水位がどんどん上がってきます。
「今年の稲はだめだ」村人たちは天を仰いでなげきました。村まで水に浸かってしまうかもしれません 。

「菱がどんどん流れてくるよ」その時、誰かがいいました。
広い湖のような水面を菱が、びっしりと肩を組んで流れてきます。
その菱の上に大きな蛇のような生き物が乗っかっています。
それは今までに見たこともない異様な姿でした。
「竜神さまだ」村人たちはびっくりして家へ逃げこみました。
けれど恐ろしいものほど、こっそりと見たいものです。
村人は細目に戸を開けてのぞきました。
菱は岸に近よってきました。
そして村の東の端に着きました。
竜神さまは、するすると地上にあがりました。そして身体をぐるぐるっと丸めると、きっと空を見上げました。
それは威厳にみちた姿でした。
その時、今まで空一面に立ちこめていた雨雲の一部が、急に真黒な雲に変わりました。そして烈しい勢いで垂れ下がってきました。竜巻のようにぐるぐると舞いながら。
黒雲が竜神さまを包んだと思うと、そのまま、すっと空へ舞い上がっていきました。
黒雲が天に着いたと思うと、今まで空一面に垂れこめていた雨雲が急に切れはじめました。
日矢がさしてきました。
青空が雲の切れ目からのぞきはじめました。
水が急に減りはじめました。
稲の葉先が見えてきました。
青い田んぼがもどってきました。
村人たちは躍(おど)り上がってよろこびました。
「竜神さまのおかげだ」村人たちは口々に言いました。
そして竜神さまが空に上がっていかれた場所を神域としてお祀(まつ)りすることにしました。

竜神さまが乗ってこられた菱は池や井路にはびこって、水面を埋めるようになりました。そして秋になると根に黒い固い実ができました。それを煮て庖丁(ほうちょう)で剥(む)くと中から白い栗のようなこくこくしたおいしい実がとれました。
けれど、実には鋭いとげがありました。謝って踏もうものなら、忽(たちま)ちとげが刺さって血がにじんできます。
ところが竜神さまをお祀りするようになってからは、菱の実を踏んでも膿(う)むことはありませんでした。
村人たちは、この霊験あらたかな竜神さまに感謝するのでした。

その神域は小さく狭くて、人間の背丈ぐらいの木が一本枝を張っているだけですが、その神前には木の鳥居が建っています。
そして長い歳月を経た現在でも村人たちは毎年お祭りの日がやってくると、池から菱の実を採ってきてお供えすることを忘れません。 (上堀平氏座談より)

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更新日:2021年07月01日