助けられた狐

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鉢かつぎ姫の形をした石像が説明看板を持っている写真

明日は田植です。
田んぼにはすでに水がいっぱい入っています。しろかき(代掻き・苗代の田に水を入れて土をかきならすこと。) が始まっています。女たちは苗代(なわしろ)田に腰掛を持ち込んで苗取り(なえとり)に夢中で、一たば一たばくくっては後ろにおいて腰掛を前に進めています。
茂右衛門はしろかきをを終えて畔(あぜ)に上ったとき、田んぼの隅のどつぼの中で、もがいているものを見ました。どつぼとは、田んぼの隅に掘られた穴で、漆喰(しっくい)でかため、その中には糞尿(ふんにょう)がいっぱいたまっています。その表面は時がたつにつれてかたまって、地面のように見えます。その中に何かがうごめいています。いやもがいています。
子どもが落ちたのでしょうか!
茂右衛門はどきりとしました。このあたりの子どもは決して落ちたりはしないのに。
茂右衛門は駆けつけました。近寄ってみると、獣(けもの)です。ああ、よかった。と思う半面、ここに落ちてもがいている獣は何だろうと思いました。犬、猫、いやそうではありません。
狐だ!と思いながら、助かろうと一心にもがいている狐を見ると、茂右衛門は可哀相(かわいそう) になってきました。思わず側にあった肥柄杓(こえひしゃく)をつかむと狐に差し出しました。狐はそれにしがみついてきました。
引き上げて茂右衛門は下肥(しもごえ)まみれの狐に、「これからは気をつけるんだよ。」といって放してやりました。
狐は一目散(いちもくさん)に走り去っていきました。
茂右衛門は明日からの田植の準備にとりかかりました。
田植縄を張りました。そして適当に苗束を投げて、植え易いようにばらまきました。これで明日の朝からすぐに田植に取りかかることができます。
茂右衛門は日が暮れてきたので、苗取りに励んでいるお嫁さんに声をかけて家路につきました。
その夜茂右衛門はお酒をすこし飲んで元気づけをして、早いめに寝床に就きました。

久し振りのお酒に茂右衛門はぐっすりと眠ることができました。お嫁さんが起こしに来るまで気がつきませんでした。
夜はすでに明けていました。「しまった。寝すごしてしまった!」茂右衛門は大急ぎで朝食もそこそこに家を出ました。
朝早くから植えている家は、すでに、一くさりも、二たくさりも植えています。
とつぜん向こうから来る人に声をかけられました。
「茂右衛門さん、ようがんばりなさったな。朝食をすませて二度目の田植かい。」
茂右衛門はびっくりしました。二度目だなんて、朝寝をしてしまって、あわてて田植に行くところなのに。
茂右衛門は駆け出しました。すると、どうでしょう、昨日田植縄を張って苗束をまいておいた田んぼの半分ばかりが、ちゃんと田植がすんでいるではありませんか。
茂右衛門は目をぱちくりさせて、声も出ないで畔に立ちすみました。
「ふしぎなこと、誰が植えたんでしょう。」
お嫁さんもびっくりしています。
こんな不思議なことがあってよいのでしょうか。狐につままれるという諺(ことわざ)がありますが、まさにその通りです。
茂右衛門もお嫁さんも田んぼの畔に座りこんでしまいました。ほっぺをつまんでみました。たしかに痛かった。目の前には植えたおぼえのない稲田が風にそよいでいます。何が何だかわかりません。
「ほう、だいぶ植えなさったな。」
またしても村人が通りすぎていきました。
いつまでも座りこんでいるわけにはいきません。茂右衛門は立ち上がると残り半分の田植にとりかかりました。

茂右衛門は、もしかすると、あの狐が生命を助けてもらったので、そのお礼に田植をしてくれたのではないだろうか、と思うようになりました。そこで昨日の出来事をはじめてお嫁さんに話すと、「そんなことがあったのですか。」とお嫁さんは話を聞いて、「そうかもしれませんね。」といいました。茂右衛門は「こんな話は誰も信じてくれないから、話すんじゃないよ。」とお嫁さんにいいました。
その年は、いつも穫(と)れ高(だか)の少ないあの田んぼが、近年にない豊作になりました。
やっぱりあの狐が田植をしてくれたのだと茂右衛門は確信するのでした。
(神田村の古老の話しより)

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更新日:2021年07月01日