河北の狐

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河北村古老との座談より

川沿いに木々が植えられており、奥に山が見えている写真

寝屋川市の南の方に河北(かわきた)という村があります。この村は江戸期の中頃にひらけた村だといわれています。
このあたりは、昔、北から流れてくる寝屋川と、南から流れてくる大和川が合流していた所で、その水は大阪市の天満橋の方へ流れ、淀川にそそいでいました。
南の方から流れてくる大和川が、堺市の方へ付け替えになったので、今まで沼沢地であった所が新田に生まれかわり、新しく田んぼがひらけ村ができました。その一つの村が河北なのです。

村の南に、東の方から流れてくる小川がありました。五軒堀川といって、その川が寝屋川に合流するあたりは、たいへん淋しい所でした。
川の両側には楊(やなぎ)がたくさん生えていました。この楊は柳のように枝垂れることなく空高く枝を伸ばしていました。その根方には葦(あし)や葭(よし)や笹が生えていて、川沿いに通る人とてほとんどありませんでした。
そこに大きな狐が棲(す)んでいました。太い尾をひきずるように、ここはおれの天地とばかりに、歩いているのを見かけることがありました。となり村の子どもたちが、五軒堀川へ雑魚(ざこ)をとりに来た時など、その狐を見て「大きな犬がいるよ」といって、あわてて帰ったということです。
この狐は、大きな身体に似合わず、とてもすばしこくて、何頭もの野犬に追いかけられた時も、ひょいと幅広い川を身軽に跳(と)び越えてしまうので、犬は追うのをあきらめたといいます。

村にひとりのおじいさんが住んでいました。何という名前だったのか、昔のこととて分かりませんが、このおじいさんは、ときどき、柿の葉などに、食べ残した御飯やお菜、それに狐の好きそうな油揚げなどをのせて、五軒堀川の楊の根方に置いて帰ります。
すると、どこで見ていたのか狐がひょっこりと姿を見せて、それをおいしそうに食べるのでした。
しばらくして、おじいさんが姿を見せる頃には、すっかり食べつくされていて、おじいさんはそれを見て満足げに帰っていくのでした。
ある日、おじいさんは隣村へ用事があって出かけました。意外に早く用件がすんだので、近道を通って、五軒堀川の川沿いに田の畔(あぜ)を伝って帰ってくると、向こうに左へ行ったり、右へ行ったり、広い田んぼの中を、うろうろしている人影が見えました。べつに用事があって仕事をしているようでもありません。
何をしているんだろうと、おじいさんは思いながら、ふと楊の木の根方を見ると、かの大きな狐がいるではありませんか。
狐は太いしっぽをピンと立てて、ときどき右にふったり、左にふったりしています。変なことをしているわいと、みているうちに、おじいさんは、はっと気がつきました。
狐がしっぽを右にふると、その人はふらふらと右へ行きます。左へ傾けると左へ行きます。あやつり人形のように、狐のしっぽの振る方向へ動いていきます。
おじいさんは、これは大変だと思いました。このままでは、今にあの人は疲れてぶっ倒れるにちがいありません。
おじいさんは狐に近寄りました。すると狐もおじいさんに気がつきました。おじいさんはやさしく、
「いたずらは、それぐらいにしておけよ。」といいました。すると狐は立てていたしっぽを、たらりと垂れて、ひょいと川を跳び越えると、向こう岸の間に消えていきました。
おじいさんは、ぽかんとして立ち呆(ほう)けている人に近づくと、ぽんと肩をたたきました。
その人は、はっと気がついたのでしょう、しばらく不思議そうにきょろきょろと、あたりを見回していましたが、やがて気が落ちつくと、「おかしなめにあいましたよ」といって、ぽつりぽつりと話し始めました。
「近道しようと思って川沿いに帰ってくると、とつぜん前方に飯盛山が見えたんですよ。たしかに西に向かって歩いて来たのにと思いながらも、道をまちがえたのかとと思って向きを替えて歩き出すと、またしても前方に飯盛山があらわれたんですよ。どちらを向いても飯盛山が前に見えるんですよ。どうしたらいいんだろうと困ってしまいました。ほんとに助けていただいて、ありがとうございます。」といいました。おじいさんは、「それは狐ですよ。このあたりに大きな狐が棲んでいるんですよ。いつもは、べつに悪さはしませんが、ときどきいたずらをすることがあるんです。あなたは狐に何かしませんでしたか。」
といいました。するとその人は、「あれは狐じゃありませんよ。とても大きな犬が楊の根方にうずくまって寝ているものですから、恐ろしくてそばを通れません。それで石を拾って投げると、うまく命中して、犬はへんな声を出して逃げてしまったので、通りすぎようとすると、急に道がわからなくなったんですよ」といいました。
「それですよ。それで狐があなたを、だましたんですよ」とおじいさんはいいました。
その狐は、日によって「けんけん」と鳴いたり、「こんこん」と鳴いたり、時には「ぎゃー」と鳴いたりしたといいます。
 おじいさんは、その後も五軒堀川で魚取りなどをしていると、いつのまにか狐が近寄って来て「こんこん」と鳴いたといいます。するとおじいさんは、「また来たのかい。」といって、二・三匹小魚を投げてやると、狐は喜んで食べたといわれています。

その五軒堀川も今では寝屋川の遊水地の中に消え、あたりには開発の波が押し寄せて、狐が棲めそうな所は、すっかりなくなってしまいました。

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更新日:2021年07月01日