勘七と化け物

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鳥居の先に灯篭、神社の本殿が写っている写真

寝屋の西坂の登り口に、大きなせんだんの木がありました。とても大きな木で、大人が二~三人手をつないでも、届くか届かぬ程の太い幹だったといわれています。
そこは東から流れてくるタチ川と、北から流れてくる北谷川とが合流するところで、川の名が「寝屋川」と変わる所でした。
そこに一軒の茶店がありました。

ある夜のことでした。
勘七という若者が、婚礼によばれて、御馳走の折詰をいただき、鼻唄まじりで帰ってきました。
大きな「せんだん」の木が見えた時、あそこには化け物が棲(す)んでいる、ということを思い出しました。
そこで、化け物に出会った時、走って逃げられるように、手に提げていた御馳走の折詰を背に負い、あごの下で、しっかりと結びました。
出てくるなら出てこい、化け物なんかこわくないぞ、と自分に言い聞かせながら歩いていきました。
けれど胸がどきどきと、波打ってきます。
ピタ、ピタ、ピタと、自分の草履(ぞうり)の足音までが、はっきりと耳にひびいてきます。
「せんだん」の木の下まで差しかかった時、とつぜん、どさっと、背に何ものかが、とびかかってきました。
化け物だ!
勘七はびっくりして、思わず前へ倒れてしまいました。
そのはずみで、化け物は前へ大きく投げ出され、しりもちをつきました。
それでも化け物は、すばやく立ち上がると、「勘七、よう投げたなあ。」
といって、驚いている勘七をしりめに、闇の中へ消えていきました。
勘七は、ふうっと、大きな呼吸(いき)をしました。
冷汗がたらたらと流れました。
背に負っていた折詰は、倒れたはずみで、中身がぐしゃぐしゃになってしまいましたが、盗られることはありませんでした。

そんなことがあってからというもの、化け物のいたずらは、はげしくなりました。夜になると大きな鮒(ふな)に化けて、通る人を寒い川の中に引き入れたり、甚(はなは)だしい時は肥壺(こえつぼ)の中へ、だまして連れ込んだりしました。
けれど、化け物のしわざ、とあっては、退治しようという人はありませんでした。茶店は夜になると店をたたみ、人通りもすっかり絶えて、ひときわ淋しい場所になりました。

鉢かつぎ姫の形をした石像が「寝屋川の起点」が書かれた説明看板を持っている写真

勘七は化け物を退治してやろうと思いました。
そこで、台所の出刃庖丁を手拭いに包んで、ふところに入れると、「せんだん」の木に登って、待ち構えました。
夜が更けてきました。
犬の子一匹通りません。
威勢よく化け物退治と出かけてきたものの、勘七は恐ろしくなってきました。こんなこと思いつかなければよかったのに、と後悔しはじめました。
けれど、今さら中止することはできません。
その時、向こうから一人の男が走ってきました。
そして、大声で、「勘七さんよ。お父うが大怪我したぞ、早く帰ってやれ。」といいました。
勘七はびっくりしました。
大あわてに、木から降りました。
男はそれを見ると、足早に、もと来た道をもどっていきました。
その時、勘七は、どうしておれがここにいることを、あの男は知ったのだろう、と思いました。家の者にも話していないのに。
これはあやしい。
化け物が、だましに来たのに違いない。
勘七は、こっそり引き返すと、再び「せんだん」の木に登りました。
しばらくすると、向こうから行列がやってきました。
葬式の行列です。
提灯(ちょうちん)を先頭に、お坊さんが一人、そのあとに棺桶(かんおけ)を乗せた輿(こし)を二人でかつぎ、五・六人の人が続いています。
こんな夜中に葬式の列が通るはずがない。化け物の行列にちがいない、と思いました。
化け物はこの行列のどこにひそんでいるんだろう。
勘七は、しっかりと出刃庖丁を握りしめました。
勘七は目を皿のようにして、近づいてくる葬式の列を見つめました。
提灯が過ぎ、僧が過ぎ、棺桶を乗せた輿(こし)が真下にさしかかりました。
その時、化け物はこの中に居る、と勘七は思いました。
とっさに出刃庖丁を構えると、棺桶めがけて、木から飛び降りました。
ぎゃっ!
ものすごい悲鳴がしました。
その瞬間、葬式の列はぱっと消えて、勘七の出刃庖丁は大狸(たぬき)の胸を刺していました。
とても大きな狸でした。
毛は針金のように太く、死んでも目はらんらんと輝いていました。

村人たちは勘七の勇気をたたえました。
けれど勘七は、あのときの、狸のものすごい形相(ぎょうそう)を思い出すと、何年たっても腹の底から恐ろしさがこみあげてくるのでした。
それっきり、化け物は出なくなりました。
今では、その「せんだん」の木も、茶店もなくなって、そのあとは自動車が疾駆(しっく)する三叉路になっています。
(土井哲郎氏座談より)

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更新日:2021年07月01日