弁天池ものがたり

ページID: 10840
池で魚を捕まえようとする人々のイラスト

稲の穂がはらみはじめました。
それなのに雨は少しも降りません。
今、水をきらしてしまっては、たいへんです。
株が張っていないうえに、穂も粒も小さく、ものすごく減収になってしまいます。
お百姓さんたちは、何とかしなければならないと思いました。
「乾上った(ひあがった)用水路へ弁天池の水をかき揚げようではないか。」
誰いうとなく、言いはじめました。
弁天池は東西98メートル、南北68メートルもあります。
そこで、足踏み水車を池に据えて、用水路へ水をかき揚げることにしました。
何台もの足踏み水車の上に乗って、若者たちは池の水を汲みあげました。
水は用水路をつたって流れていきます。
お百姓さんは、その水を分け合って、稲田へ桶で汲みあげました。
白く乾いた稲田が、少しずつ黒土に変わっていきます。
一日
二日
若者たちは交代で池の水をかき揚げました。
三日
四日
さすがの池も水が減ってきました。
その時、ひとりの若者が言いました。
「池の雑魚(じゃこ)を捕ろうではないか。これだけ水が減ったのだから、池の中に堰(せき)をこしらえたら、雑魚がたんと捕れるよ。」
なるほどそれもおもしろいだろうと、若者たちは賛成しました。
その時、ひとりの老人が言いました。
「そんなことをしてはいけない。この池には昔からぬしがすんでいるんだ。そのぬしは恐ろしい方なんだ。だから、こうして田んぼへ水を汲みあげるだけでも、どうかと心配しているのに、池の雑魚を捕ろうなんてとんでもない。」
けれど若者たちは、「おもしろいではないか。恐ろしいぬしがすんでいるなら、お目にかかろうではないか。」
と言って、老人のいましめを聞き入れませんでした。
若者たちは裸になって、水の減った池に飛び込みました。
そして並んでいる足踏み水車のうしろ30メートルばかりのところに、稲木棒をたくさん並べ打ち込んで、その棒に戸板やむしろなどをしっかりと取り付け、支え棒などをして、池の水が内側へ流れ込まないようにし、足踏水車で水をけんめいに汲み出しました。
水がみるみるうちに減っていきました。
魚が背びれを出して、あわてふためき、泳ぎまわっているのが見えるようになりました。
若者たちは、フナやコイやナマズなどを捕まえるのに夢中でした。
その時でした。
突然ひとりの若者が「痛い!」としゃがみこみました。
足から血が出ています。
若者がうめきながら、這うようにして岸へ上がっていきました。
するとまたひとり、「痛い!」と叫びました。
手から血が噴いています。
ほかの若者たちは、それを見ると魚を捕るのをやめて、顔色を変えて岸へ向かって逃げ出しました。
その時、堰の棒がバサっと倒れて、池の水がどっと流れ込みました。
みんなはまっ青になりました。
もはや水を用水路へかき揚げるどころではありません。
人々は蜘蛛(くも)の子を散らしたように、いなくなってしまいました。

その夜、若者は夢を見ました。
それは最初に雑魚を捕ろうと言い出した若者でした。
白い装束(しょうぞく)を着た老人が現れて「わしは弁天さんのお使いである。
けがしてはいけないと昔からいわれている池を、なぜけがしたのか。稲田に水を上げることは辛抱してあげたが、池の魚を捕ろうなんてけしからん。二度とこんなことをすれば、ぬしが正体を見せて暴れるぞ。決して池をけがすでないぞ。」
と言いました。
そして、じっと若者を見つめました。
それは何ともいいようのない、恐ろしい目の光りでした。
若者はふるえあがって声も出ませんでした。
ううっとからだをかたくして、うめくばかりでした。
ふと目が覚めると、傷をした足の包帯に血がにじんでいました。

それからというもの、池の魚を捕ろうなんていう若者はいなくなりました。田んぼに水が入用なときは、小さな橋を渡って弁天さまにおまいりをして、水をいただくことにしました。
この弁天池は、昔このあたりにあった大きな湖のような深野池(ふこのいけ)の名残りで、一番深いところが池となって残ったのだといわれています。
今でも池の底から水が湧いていて、どんな日照りが続いても涸れることがありません。
かつて太平洋戦争が行われていた頃には、召集で出征する人は、必ず生きたコイをこの池に放上(ほうじょう)したといいます。そうすれば無事に生きて帰ることができたと、今に伝えられています。
果たして、ぬしは何であるかそれはわかりません。
ある人は言います。千年の年を経た大亀だと、けれどそれはたしかではありません。
ただいえることは、村人たちが弁天さまをおまつりして池をけがさないようにしているということです。
(白岩勉氏座談より)
まんだ二十六号

この記事に関するお問い合わせ先

文化スポーツ室
〒572-8555
大阪府寝屋川市本町1番1号(市役所東館1階)
電話:072-813-0074
ファックス:072-813-0087
メールフォームによるお問い合わせ

更新日:2021年07月01日