市史編纂・市のあゆみ
ページID: 1595
市のあゆみ
寝屋川市は、市域の中心部を流れる寝屋川を市の名称にしているように、 この土地に住む人々と「水」がどのようにして調和のある共生を実現するのか、 という課題に取り組んできた生いたちがあります。
市域の丘陵部には旧石器時代の遺跡が点在し、縄文時代から弥生時代にかけて市域南部に広がっていた河内湾は、 人々に豊かな食料を供給するとともに、いろいろな文化や技術が伝わるルートにもなっていました。
寝屋川市の北西を流れる淀川は、古くから人や物の移動の大動脈として重要でした。 しかし、よく洪水も起こり、古代から明治にいたるまで近隣の人々を苦しめました。 丘陵部に住む人たちは、逆に用水の確保に苦労してきたようです。
明治22年に町村制が施行され、市域に茨田郡九個荘村・友呂岐村、讃良郡豊野村・寝屋川村、交野郡水本村が成立しました。 明治29年に、各郡は北河内郡になり、昭和18年4月には九個荘町・友呂岐村・豊野村・寝屋川村が合併して寝屋川町になりました。 昭和26年に市制が施行されて寝屋川市が誕生し、昭和36年には水本村と合併、 続いて昭和41年に一部が大東市に編入されて、現在の市域になりました。
その後、住宅都市として発展し、市制施行50周年を迎えた平成13年に特例市となりました。