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平成30年5月号 わらびやつくしを採った ふるさとの体験、今につながる イタリア料理シェフ 山根 大助さん

山根 大助さん

「食材への感謝と敬意を忘れない」と語る山根さん

  関西で活動するイタリア料理の旗手として知られる山根大助さん(56歳)は、小学校から高校卒業後まで市内で育ったそうです。平成28年に30周年を迎えた大阪市中央区の本店で、ふるさとへの思いなどを伺いました。


 市立東小学校に通っていた当時、住んでいたのは高宮あさひ丘の高台。周辺にはまだたくさんの緑がありました。「自転車に乗って飯盛山まで行き、のどが乾いたら道端のすかんぽをかじり、秋にはあけびを山ほど食べた。わらびやつくし、せりも採りました。ため池もあちこちにあって、えびや小ぶなを捕まえて…」。


 わらびを集めたとき、農家で稲わらを分けてもらい、焼いて灰をつくって、その灰で本格的なあく抜きに挑んだこともあるそうです。日本の原風景のような体験でした。「命をいただくという感謝と敬意。食材への思いが今の仕事につながっている」と語ります。


 わらびのあく抜きにとどまらず、うどんを手打ちして家族に振る舞う、小さな料理人でもありました。


 一方、イラストや自動車のデザインを描くのも好きで得意だったそうです。市立第一中学校から府立南寝屋川高校(現府立緑風冠高校)に進んだ頃はデザイナーか料理人、どちらを目指すか決めかねるほど。「デザイナーになるには、まず難関大学に入らないと――と聞いたことがありました。机に向かって勉強するのは苦手だったので」と料理の道を選んだそうです。


 高校卒業後、大阪市の調理師学校、神戸市の老舗イタリア料理店を経て昭和59年にイタリアへ。ミラノにある現代イタリア料理を代表する店などで飛び込みで修業させてもらいました。


 昭和61年に帰国し、大阪市内で「ポンテベッキオ」という店を開きました。一般の日本人にとってまだスパゲティと言えば洋食屋さん、ピザは宅配のイメージが強かった時代。山根さんの店は、素材を生かす創意工夫した現代的なイタリア料理を提供する、関西の草分けでした。


 平成16年には、イタリアの食文化紹介の功績が認められて、同国政府から勲章を受章。これまで200人近くの弟子を育て、多くの人が独立しています。
 平成27年、忙しい仕事の合間に市立明和小学校で食育の出前授業を引き受けたことがあります。「子どもの頃、すばらしい体験ができたふるさとだから」。これからも機会があれば、協力したいと考えているそうです。

平成30年5月号

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更新日:2018年4月24日