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平成29年10月号 フォークシンガー 中川 五郎さん

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「寝屋川で歌うのはちょっと気恥ずかしい」 フォークシンガー 中川 五郎さん

 1960年代後半、府立寝屋川高校在学中に活動を始めた中川五郎さん(68歳)。日本のフォークソングの草分け時代から活躍し、今なお東京を拠点に全国で年間200回ものライブ公演を開いて、音楽評論などの活動もしています。故郷での本格的なライブは、この7月にアルカスホールで開いたのが初めてだったそうです。慌ただしいリハーサルの合間、楽屋に伺いました。
 高校時代のエピソードに、3年生の8月の補習授業中、配られたプリントの裏に受験生の「地獄のような」生活を描いた歌詞を書き、それが後に日本のフォークソングの先駆者、高石ともやさんが歌って大ヒットした「受験生ブルース」になったという話があります。
 当時、既に注目される歌手だった高石さんとは、その年の春休みに知り合い、コンサートに連れて行ってもらう間柄になっていました。「実は(アメリカのミュージシャン)ボブ・ディランの『炭鉱町のブルース』という暗い調子の曲に、受験生のつらさを重ねてつづった替え歌でした。それが明るいメロディーになって、歌詞も半分くらい変えられまして……。ともかく、あちこちのコンサートで歌うようになるきっかけになった歌ではありました」。
 ディランは昨年、ノーベル文学賞を受賞しました。そのお蔭で、2005年に彼の全詩集を訳出していた中川さんもメディアの取材を受ける機会が増えました。中川さんにとってディランは、フォークソングを歌い始めた頃から聴き続け、今も音楽と向き合うときに欠かすことができない重要な存在だそうです。
 いわゆる文学者ではない、ポピュラー音楽のミュージシャンへの授賞は論議を呼びましたが、「スウェーデンアカデミーの発表をみると、単に歌詞を詩としてみるのでなく、メロディーや声を含む歌の全体を評価したことが分かります。『文学』を広い豊かな意味で捉えた、素晴らしい決定でした」と歓迎しています。
 郡元町で生まれ、市立第五小学校・第三中学校に通った生粋の寝屋川育ち。少年時代、古い街並みの自宅周辺と、住宅開発が進んでいく西側の地域との対比が印象的だったと言います。「古くからの村のイメージがあって、あの頃は好きじゃなかった」と若者らしい反発もあったそうです。ライブの日、「たまたま故郷でずっと公演していなかったので、ちょっと気恥ずかしい。でも小学校や中学校で一緒だったという人たちが来てくれて、懐かしい」と語りました。
 50年前、訴えたいことがあったから歌い始めた中川さん。「今の社会の状況は、当時と同じように歌わなければいけないことがあると思います」。ライブ活動への意欲は衰えません。

平成29年10月号

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更新日:2018年1月15日